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人生を振り返る② 小学生くらいの時⑴ [昔の話]

はいどうも、続きを書いていきましょう。


・通っていた小学校の話

通っていた小学校と実家は神奈川の田舎にあるわけですが、非常に少人数でした。
全校生徒が40人くらい(1クラスかよ)、僕の学年は入学当初11人(のちに2人転校)でした。

とにかく狭く、小さいコミュニティだったんですね。これが僕の社会性を作っていく最初の空間だったわけです。
1クラスたった11人に対して先生が1人で面倒を見ます。つねに少人数授業です。教育の質は十分に確保されていたといえます。僕が思うに、この小学校で授業を受けたことは基礎学力をつける上で大きなプラス要素でした。
女子5人、男子6人(のちに男女が1人ずつ転校)だったので男女のバランスも非常によかったと思います。クラス替え、という概念は存在しなかったので、6年間ずっと顔を合わせてました。

僕はまあ、背が小さいキャラです。(笑)とにかく落ち着かなくてよくしゃべるうるさいガキでした。今もあまり変わってないかもしれません。
背が小さいキャラって言いましたが、簡単に言うと「いじられ、少しエスカレートするといじめられる」立ち位置です。泣くこともちょいちょいありました。この立ち位置割と苦労するんじゃないかと思います。他を知らないので完全に自己中心的なものの見方をしていますが・・・

学校の話もさらにしたいんですが、プライベートと並行して語りたいし、話を一度変えます。
このパートは早めに触れたかったんです。長いけど

・習い事に通い詰めたことの功罪

小学生のころから積極的に習い事をやっていました。
具体的には、水泳・そろばん、空手、ミニバスケットですね。

水泳は確か小3~小4くらいまでだったと思います。少し曖昧ですし、自分からやりたいといったのか、親がやらせたがったのかは覚えていません。ですが、個人的にはなかなかに好きな習い事でした。
年の割に泳ぎの素質があったのか、Eコースという選手育成コース(こちらはYコースと呼ばれていました)の一歩手前のコースに小3くらいで入りました。コース内で最年少、さらにその年の水準で見ても体は凄く小さかったので、スポーツは基本的に苦労してます(これは人生を通してです。今後の振り返りにも大きく影響します。身体的特徴というものは、人生を大きく左右していると思いますね。)

コーチがすごく厳しくて・・・最初泣きまくってましたよ(笑)
でも厳しいだけじゃなくきちんとコミュニケーションを良くとってくれる人だったと思います。
でなければ、こんなに良い印象を持ってはいないでしょう。持っていない話が数年後に出てきます。
印象に残っているのは初めて「25mをノーブレで泳げ!」と言われたときの話です。ノーブレっていうのは、ノーブレス、つまり息継ぎなしで泳げってことですね。

初めていわれたとき、「無理だ」と言われました。案の定、12.5mしか泳げませんでした。
体も肺も小さかったうえに、僕は当時からメンタルの弱い人間だったんだと思います。詰められて一番泣きましたね。

ビート番でバタ足50m×10本が最初のメニューで、あとは結構日によって変わりましたが、普通のコースに比べて泳ぐ量も一段と多かったと思います。

小4くらいに、ミニバスをやらされることになり、水泳をやめないといけなくなった時は凄く残念でしたね。そのころには色々と板についてきて、これからだ、という所だったので。いや、もしかしたら当時はそんなこと思ってなかったかもしれませんが、でも今振り返るとそんな感触がするので、水泳は自分にとって良い経験でしたね。


よし次、そろばんの話をしましょう。
そろばんは小2くらいの時(少し曖昧ですが、小3よりは前です)から中1です。
一番長い習い事で、時間的な量でも、経験の質においても一番自分の人生に決定的な影響があったはずです。

最初に興味を持ったのは幼稚園の頃だったかと思います。幼稚園の近くにある個人経営のそろばん塾に通っていました。村井先生という、おばさまが先生をしていました。最初に入塾したいと伝えたときは「まだ少し早すぎるから小学生になってから、」という話をされ、小2くらいまで待ちました。

村井先生は大変優秀な指導者でした。今、僕も教育の仕事をしていますが、僕に最初に学校以外で本格的な教育を施してくださったのはこの方だったんですね。大変ありがたいことだったんだと今でははっきりわかるレベルで、しっかりとした指導、フィードバックを受けながら週に3回、月曜と水曜と土曜に1時間くらいの指導を受けてました。これで月謝3000円なんですよ。おかしい・・・あと8倍は出しても価値が釣り合ってます。当時は分からなかったんですが、今ではわかります。

そろばんをやっていたことが僕の人生にどのような影響を与えているのか、今の僕が振り返ると分かるのは2つです。
1つは、僕の基礎学力を飛躍的に高めたこと。東大合格の基礎になってることは明確です。
計算をしている時、いまだに僕の脳内はそろばんです。数学は一番の苦手科目だったんですが、それは計算ではなく、解法パターンの理解と定着が足りなかったんですね。計算力が強く試されるセンター試験ではしっかり9割台を出していましたし、計算力の観点で苦労を感じたことが一切ないのは間違いなくそろばんの経験が大きいです。ただ、計算が僕より早い受験生はたくさんいました。それは計算するときに僕が簡単な場合でもいちいちそろばんイメージしてるからですね。早い子はほとんどの四則計算に対して答えをほぼ覚えてるでしょう。

もう1つは、僕に勉強という道をそれとなく示唆したことです。スポーツではない習い事をこの時期(=多くの場合、小学生はこんな時期に塾には通いませんから)にやっていたという経験が僕にその後、学習でキャリアを積んでいくにあたり遠因的なきっかけとして影響していたんじゃないかと思います。スポーツで挫折の経験を積み続けた僕にとって、そろばんで結局初段までいったことは大きな励みになってます。もちろんスランプなんかもあったんですが、概ね一番納得のいくパフォーマンスを残して終わりにした分野なんです。上には上がいますが、それでもです。

そろばん塾には同じ年の友達も少し年上の生徒さんもいました、みんなそこそこ仲良かったですね~
同じ級に挑戦する1つ年上の先輩によく絡んでました。お兄ちゃんみたいなね
他の習い事でも一緒のやつもいたし、その数年後に中学で一緒になる子も数人いました。まあ地域が狭いので必然的に中学で会うのが基本なんですが(笑)

さて、次は空手ですかね。個人的には最も苦い思い出の習い事です。

齋藤塾、という市内の空手道場です。
はっきりしてるのは、僕が向いてなかったということですね。それでも2年くらいはやってます。

あと副館長(館長の奥さん)がおそらく根性論の持ち主で、やめるときとかすごいなんか言われてとにかく泣きました。
やめた理由はモチベーションの低下です。1級までいきましたが、昇給審査は僕の場合、型みたいな個人パフォーマンスで得点を稼いでたんですね。組手は案の定、めちゃくちゃ弱かったので、それしか道がありませんでした。当時から僕の側にも「背が低くて不利だしやりたくない」という自覚と諦念はありました。その代り、相手が実在しない型や普段のフォームには意識してました。柔軟性が低くて足全然開かなかったんですけど、その割にはしっかりできて、型試合で上の級の人に勝ったりとかもしてましたね。僕は自分の中で完結しているもののほうが向いているんだと思います。うわ

段に上がるには、組手も勝てないといけなかったんですね。これが僕がやめる一番の原因です。
もう無理だと、はっきりと感じていました。親はやめさせたくなかったみたいですが、当時は習い事のはしごでハードな生活もしていたのでとにかく嫌でした。普通の小学生じゃなかったですね明らか。あー訴訟


最後にミニバスの話。
親が中学の教員でバスケ部の顧問だったんです。話はそれがすべてと言っていいんだと思います。
口利きをして、『背が伸びる』スポーツだからと僕をたきつけました。僕は水泳をやめさせられ、こっちに入ります。

身長の伸びは小6で衰えます。小4と小5は10cm伸びました。これはミニバスのおかげなのかそうでないのかは、分からないでしょう(笑)
ミニバスのチームは、地元から離れたところ、地元の学区とは全然違う小学校でたくさんの小学生が通う小学校の学区でしたから、未知の所にぽーーーんと1人飛ばされました。心細かったなぁ
親のコネがあっただけです。当の本人に相手をしてもらったことってホントに数えるほどしかないんじゃないかなぁ。教員ってくそ忙しいんです。俺は絶対にやりたくない。まあ子供も持たないでしょうから関係はないんですが
もうお決まりの展開なんですが、バスケをチビがやったところで所詮不利なんです。背を伸ばすためにバスケをやるなんて愚かにもほどがあるんですね。バカの所業
経験を積んだので多少動き方とかの知識はつきましたが、技術はダメダメです。体力は少しついたかな、この頃には。ほんと体格で不利だから体力つけるくらいしか対抗措置がないんですよ。



中学の話は後でもしますが、周囲の大人は何かと僕に、「身長が高いやつこそがやるべき戦い方を、なぜか背の低い僕に押し付ける」ということをしてきました。僕はいやいやそれをやってきましたが、結果として得られたのは「俺はスポーツが全般的にダメだ」という劣等感が大きいです。楽しむことも忘れてしまいました。今では全くしてません。その素地を作ったのが、空手と、ミニバスだったんですね。水泳に関してはそれを抱かずに終わることができましたが、ミニバスをやってたころあたりから、特に自分の身長に対するコンプレックスによってスポーツに対する苦手意識が高まっていきます。それが中学に繋がるわけなんですね。


習い事の話はこれくらいにして今日もこれでお開きにしましょう。
次は、小学校のもう少し深い話をしましょうか。狂言の話もしていきたいし。僕のコンプレックスの話ではなくて、対人関係の様子について書き綴っておくのが次のパートの役目になるでしょう。
小学校までは、あくまで僕の遠因的な基礎の話。本番はそのあとからだ
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